一般社団法人 日本甲冑武具研究保存会

The Association for the Research and Preservation of Japanese Helmets and Armor

平成30年12月本部月例研究会のご報告

「烏帽子形兜」-持ち寄り鑑賞と意見交換-

12月15日(土)の本部月例研究会は菅野茂雄氏(当会常務理事)が講師を務めました。講師が準備した烏帽子形兜鉢3頭、布製の三種類のえぼし、藺笠1枚、その他会員が持参した烏帽子形兜3頭をもとに、A4版レジュメとパワーポイントを使用し、鎌倉時代の絵巻などから本来のえぼしについて説明いただきました。

初めに、烏帽子がいつ頃から使用されたかは正確には分からないが、被り物としては中国の唐時代の烏紗帽の影響があると、書かれている文献もあるとのこと。日本では今のところ、飛鳥時代の西暦603年には、冠位十二階制定(朝廷の臣下を12等級)を初めとして、いくつか律令があり、その都度装束と冠や烏帽子に定めが有り、烏帽子については素材・形・折形・織り目・塗りなど時代ごとの変遷があり多種多様とのこと。

また有職故事から烏帽子とは、烏の羽の色を連想させる黒色の布帛(布織物)、または紙製の帽子(えぼうし)ともいう。髻をあげて髪を整えた成人男子にとっては不可欠な被り物で、烏帽子を被らぬまま露頂することを恥辱としました。

古様の烏帽子は萎え烏帽子で、柔らかに髪の乱れを押さえ、常住坐臥も離すことなく、外出の藺笠も軍陣の兜も、烏帽子の上からかぶることを通例としました。

15世紀以降、烏帽子に漆を塗ることによって硬化し、各種の形式による区別が生じ、日常の実用が困難となるにつれ、成人男子の間に月代(さかやき)と称する前額部髪の毛を抜く(のち剃りあげる)風潮がすすみ、烏帽子はやがて特殊な儀礼用となって露頂することが一般化しました。

(『有職故実大辞典』鈴木敬三著を一部参考)

武家社会においては男子が成人に達して元服を行う際、烏帽子親儀式(仮親が加冠すること)などがある様に戦国期における烏帽子は特別なもので、兜を烏帽子形に仕立てで使用することは加藤清正や前田利家などの身分の高い武将の遺品が現存しています。このことから下位の侍が使用した兜ではないと考えられます。また、特に高さのある烏帽子形兜や、それに類似した兜を使用する侍は、実戦で組打ちをする武士ではなく家臣団に「武将としての居場所と存在」を示す、ある意味で馬印の役割を担ったと考えても良いのではないかと思われます、との私見を述べられました。

30分程の時間を取って、講師と会員が持参した烏帽子形や兜鉢を手に取って観察したり、撮影した後の質問の時間には、烏帽子形兜の作成時期の見分け方や発生した地域についてなど色々な質問が出ましたが、菅野氏から丁寧にお答えいただきました。

今回の例会も35名の参加者で盛況な研究会となりました。研究会終了後は今年の例会の締め

くくりとして恒例の忘年会を開き、皆さん甲冑談義で楽しい時間を過ごすことが出来ました。