一般社団法人 日本甲冑武具研究保存会

The Association for the Research and Preservation of Japanese Helmets and Armor

平成30年5月本部月例研究会のご報告

テーマ:初心者のための火縄銃入門
5月13日(日)は、水稲荷神社参集室を会場に日本銃砲史学会常勤理事で元板橋区立郷土資料館職員の小西雅徳氏を講師にお招きし、火縄銃についてお話しいただきました。当保存会の会員の他、日本銃砲史学会の理事と会員も参加され雨にもかかわらず盛況な研究会となりました。午前中に日野市のお祭りで西洋流火術鉄砲隊のメンバーの一人として演武で使った火縄銃の他、全長70cm余の射的筒(御座敷鉄砲)とカラクリ3種類を展示しながらの講義でした。
甲冑と異なり、明治以前の鉄砲は銃刀法(銃砲刀剣類所持等取締法)と登録規則に基づき登録されるとの説明があり、洋式銃では拳銃への登録規制が特に厳しく、分解された鉄砲部品は登録対象外になるため、インターネットオークションで最近目にすることが多いとのこと。
鉄砲伝来についての定説では、種子島に1543年(天文12年)伝来したとされる。しかし、さまざまなルートで伝来されたことが想定されるが、歴史学会での検証は不十分である。江戸時代は30~50万丁国内に鉄砲があったと考えられるが、年号を彫った鉄砲はごくわずかなため年代基準が無く作成された鉄砲の時期は明確ではない。ただし銀象嵌が銃身に入った見事な鉄砲の多くは、外国人用に明治になってから象嵌だけを入れたものであると説明がありました。
戦国期の鉄砲鍛冶は西国の堺・根来・国友・日野に集中していたが、江戸時代初期になると全国に拡散し地域性が生れた。鉄砲の出現は小札ではなく鉄の板物を使用した当世具足を生み出したが、鉄砲に対して防御的には必ずしも有効ではないとのこと。
2発くらい打つと銃身が熱くなる、5発くらい打つと左頬がやけどしたように熱い、50m以上離れると玉が大きく曲がって飛んでいくのが分る等、実際鉄砲を撃っている人しか経験できないお話を聞かせていただけたことも大変貴重な体験でした。